Atelier Arika (The history of me about the computer.)


Profile 「こんな感じでパソコンに接してきましたみたいな奴」

更新

某所で、パソコン履歴のような物を見たら、なかなかに興味深い。私も作りたくなった。

1985年だったか1986年だったか「MSX CF-1200(ナショナル)」

ファミコンがはやった時期だ。私は小学校四年か五年か。このころ、私の時間の感覚って、すごいあやふや。 時間の感覚があやふやなのは、社会人になってからもしばらく続いた。「去年の今頃」とか、全然わかんない。 意識していなかったんだけれど、どうやらみんなは「時間」は無意識のうちに「軸」になっているらしい。 超整理法とかあるしな。のーてんきなだけかも。

まわりでファミコンはやっているじゃない。欲しいわけ。親にせがむよね、普通。

で、いつの間にか家にあったのはCF-1200だ。「こっちの方が役に立つ」と言われた気がしないでもない。

ほぼ90%ゲームマシンとして使っていたパソコンなのだが、MSX-BASIC Version1.0というものが搭載されており(Microsoftだ)、 家族みんなであぁでもないこぉでもないとか言いながら、雑誌のサンプルを入力していたように思う。 とはいうものの、プログラムを打ち込んだのは兄と父がほとんどで、私は見ているだけだった。

ゲームでキーボードになれてきた頃、BASICプログラムに興味を持って作り始めたのはこのころだ。

モニタは、普通の家庭用TVで、記録媒体はカセットテープだったんだよな。


1988年頃(頃ってのは、あやふやだし・・)「PC-9801UV2(NEC)」

中学にはいるか入らないかって時だったと思う。こんな要になることすら、時間の感覚あやふやなのな、私。

親の都合によりPC-9801UV2購入。3.5インチフロッピーというものに初めてふれた。画面がやたら綺麗で、 フロッピーはやたら早くて、N88日本語BASIC(86)Ver3.1(DiskBASIC)とMSX-BASIC Ver1で、同じforループのプログラムを 走らせて見比べて、感動していた覚えがある。

ってゆーかさ、性能的に飛びすぎたんだよ。ふつーPC-6001とかPC-8801とかが、間に有るんだ。まぁいいか。

一太郎だのMS-DOS(Ver3.0)だのランダムアクセス(笑)だのに触れたのはこのころからだ。

それでもやはり、80%はゲームマシン状態だった。

中学入学してから、複数の友人宅でMSX2を目撃。なにやらFDDもついている。でももうPC-9801UV2使ってたし興味なかった。

あと、転校してきた人と友人になり、その人はPC-8801なんちゃらを使っていた。同じようなN88BASICが使えた記憶がある。

そうそう、このころからのBASICプログラムのテクニックは、未だに役に立ったりするから恐ろしい。

専用モニタで、記録媒体はFD。PC-9801UV2は、かなり長くつきあうことになる。

(PC-9801UV2の4096色中16表示VRAM2画面分っていうのは長らくPC-9800ゲームの標準となっていたために、苦労がなかっただけのことだ)

一太郎とのつきあいは未だに続くな。バージョンが違うが。中学の選択教科で文芸を選択、小説を書こうとして失敗(駄作)。


1991年頃(頃って以下略)「if800 Model30/Model50(沖電気)」

確か、高校にあったマシンがif800Model30/50だ。ほとんど30使ってたな。

初めて8インチフロッピーを使う。初めて使うグリーンディスプレイ。昔のパソコンは、 表示色が選べないのだと言うことを初めて知った。でもさ、Model50はカラーだったんだ。8色だけれど。

このパソコンではO-BASICというのがあった。OSはCP/M。懐かしいな、LOCATE文のXとYの指定の順序が 逆なんだよな、N88BASICと。

高校在学中に高校のパソコン更新。if800RXだったかなんだったか機種名忘れた。5インチフロッピーになった。 あと、ホストコンピュータ(名前忘れた)があり、それとつながっているときにはC言語やFORTRAN言語が使えた。 高校で勉強したのはO-BASIC、FORTRAN、C、COBOL。CASL(笑)。あと、図書室で独学でPASCAL。なんでこれをもっと 使わないのだろうと不思議に思っていた。Cよりも覚えやすくてさ。

実際に実行したのはO-BASICとFORTRAN。新しい方のコンピュータにもO-BASICがあった。

一、二年の時は部活はコンピュータシステムクラブ。そして家に帰ると、PC-9801UV2で遊んでいた。 N88日本語BASIC(86)ver6.1(DiskBASIC)とN88日本語BASIC(86)ver6.1(MS-DOS)を使っていた。と、思う。

三年になってからは生徒会活動に入り(広報/書記)、のんべんだらりと過ごす(ぉぃ)。 新聞作るの好きでさ。生徒会広報とか学級新聞(ってこれは持ち回りだが)とか作って喜んでいた。


1993年くらい「PC-9801UV2」「PC-9821As/U2」

山形から、就職と同時に千葉へ。

会社の寮に住む。当初、二人部屋であまり物を置こうという気にはならなかった。

そのうち一人部屋になり、最初は実家に置いてきたPC-9801UV2だが、 兄との壮絶な奪い合い(嘘)の後、千葉に無理矢理持ってくる(っていうか送らせたんだけれど)。 それでも、PC-9821As/U2を買うと、用済みとばかりに実家に送り返していたりする。

PC-9821As/U2。ディスプレイは奮発して17インチ (NEC PC-KM171。一時期調子が悪くなりかけたが、未だ(1999年8月現在)に使えていたりする)。 ハードディスクの付いていないモデルだったので、 IDEの340MHDDを購入してつっこむ。 V30-10MHz(PC-9801UV2)から486SX-66MHz(だったっけ?)486SX-33MHz(では?との指摘を受けました。そうかも)の差はすごく心に残っている。 おもわず、FORループのプログラムをN88BASICでつくり、両方で実行したほどだ(私自身に進歩はないらしい)。 OSはMS-DOSVer5、後にVer6も購入。

ってゆーかさ、性能的に飛びすぎなんだよ。普通はさ、PC-9801RXとかDXとか・・・まぁいいけれど。

ハードディスクを手にしたのも、初めてだった。

パソコン通信という言葉を覚え、モデムなる物を求めていたように思う。そして購入したのは AIWA PV-BF144。アイワのモデムはPV-AとPV-Bで評価が分かれていた。Aのひとは「駄目駄目」といい、Bのひとは つながるという。とりあえず、ちゃんとつながっていた。14400bps。知っているBBSネットなど無かったので、 雑誌から拾い出して、東京のとあるネットへ。つぎつぎに開拓し、電話代爆発。誰でも経験することらしい(笑)。 最初はWTERMを使っていた。そのうちWindows3.1を使い始め、KTX on Windowsへ。通信ソフトがWindows版で、 OFF書きツールがDOS版という、まわりから見ると「?」な使い方をしていた。OFF書きツールは頻繁に変わっていた。

草の根ネット(BBS)は、実家に帰ったときにもPC-9801UV2を使ってやっていた。わざわざそのためにFD上に通信環境作ってさ。

ゲームマシン度(笑)50%を割り込む。使用目的が変わってきた。コミュニケーションの道具として。


1994年みたいな「PC-9821As3/U2」

Windows3.1でいろいろ遊んでいた。Delphi1.0も買ったな。一太郎5もか。一太郎は毎年買うことになる。

PC-9821As3/U2を買ったのはこの年だったか・・・・記憶が怪しい。Asのメモリ上限に見切りをつけて より上限の高いAs3を買ったように思う。本体だけを買い換えて、ディスプレイやハードディスクは流用。 深く考えてはいなかったが、As3は長く使うことになる。

相変わらずくだらないプログラムを作って喜んだりしていた。

アイコンづくりにもはまっていたな。

As3はもともとはライトバックエンハンスド80486DX2-66MHzとかいうのが搭載されていたけれど、 そのうちIntelDX4ODP-100MHzに載せ変えることになる。

草の根ネット(BBS)は、相も変わらず実家に帰ったときにもPC-9801UV2を使ってやっていた。わざわざそのためにFD上に通信環境作ってさ。


19xx年(ぉぃ)(1999年8月11日に挿入)

どうしても、思い出せないんだ。モデム。

microcom V34.ES IIなんだけれどな。いつ買った物やら・・・


1995年

Windows95発売の年であり、このときの私は、買っていない(苦笑)。変化に対して鈍感というか、保守的というか。

にもかかわらず、Windows95アプリのアイコン書かされたりもした。楽しかったが(笑)。


1996年「PC-9801BX」

いつのまにやらAs3はSCSI2ボードやら外付け1GHDDやらがついていた。

Windows95Update購入。確かこの年・・・だったと思うのだが、あやふやだ。

Delphi2.0Standardも買ったように思う。1.0のときユーザー登録を忘れていて、定価で買った記憶がある。馬鹿だ。

この年だったと思うが、重大なことが起こる。ねじろ・・・じゃねぇや、いつも行っている草の根ネットが閉鎖。 そのネットの人の一部が集まり、インターネット上にメーリングリストを開設。ちょっと遅れて私のインターネット生活も始まる。

なんてゆーかWindows95を買うタイミングとかばっちりなのな。びっくりだ。

で、閉鎖したネットのコンピュータ(PC-9801BX)とかそのままもらってきて、ありかきらきら・・・じゃなくて、 日本甘党総本部本家本元本舗連絡所っていうネットを開く。そして数ヶ月で閉鎖(苦笑)。 機材のほとんどをネットでできた友人へ引き渡す。その友人もGRCNなるネットを開くも、・・・なんてゆーか いろんな事情により現在は閉鎖されている。


19xx年(ぉぃ)(1999年8月11日に挿入)

どうしても、思い出せないんだ。As3につっこんだEthernetカード。

つなぐコンピュータもないのに、無駄に刺さっていた記憶がある。


1998年「Macintosh Performa5260」

LMCのチケットを書き始めた年。そう考えると、あまり経ってないんだな。

この年はあれだ、マック。事実上只。スキャナなどを購入し、お絵かき環境となっている。

Phosothop5.0購入。


1999年March(PentiumII 450MHz)

いいかげんAs3ではつらくなったというのもあり、PC/AT機購入。友人ブランド(つまりお手製)。 私はハードウェアに関してはほぼ素人なので、やりたいことを言って、作ってもらった。

Delphi4.0Pro購入。今回はちゃんとユーザー登録していたぞ。Delphi3は買っていない。一太郎はずっと 買っていた。一太郎5、一太郎6.3、一太郎7、一太郎8、一太郎Lite、JustOffice9。絶妙に 一太郎Office8が抜けているのは、As3では一太郎を満足に使えないと自覚したからだ。だから、Liteを買ったのだが MarchではJustOffice9が余裕で動かせる事実に動揺、つい、買う。

もともと「絵を描きたく、プログラムを作りたい」という要望を満たすためだけに作ってもらったコンピュータだ。 というわけで、アドビパブリッシングコレクション購入予定(連絡待ち)。

MarchはPentiumII 450MHz、256MBメモリ、6GBハードディスク、UltraSCSI、USB、Ethernet100/10とかいろいろ。 OSはWindows98。ついでにExcel97も購入。いや、会社で使っていて、便利だなぁとか思ったから私も欲しくなった。

なんてゆーか、IntelDX4-100MHzからの差は歴然としていて、またもや技術の進歩に感動している。

As3に無駄に刺さっていたEthenetカードが、めでたく活躍した。

1999年スキャナとプリンタ他いろいろ(1999年10月23日追加)

adobe Publishing Collection購入。

Inprise Delphi5.0J Pro購入。

スキャナNEC MultiReader 600U2購入。マックは、一セット丸ごと(マック本体、スキャナ、MOドライブ)里子に出した。

一太郎10購入。プリンタEPSON PM-3000C購入。MJ-810Cは里子に出した。

パソコン環境、後はモデムを買うと、世代交代完了ってなるんだろうか(汗)。

(1999年12月4日追加)

CD-ROMドライブはずしてDVD-ROMドライブとりつけ。PIONEERのDVD-103ってやつ。


2000年Azusa手放す

PC-9821As3を里子に出した。もらってくださる方が居るのはうれしいもんだな。 ちなみに、マニアな方ではない。

それに伴い、モデム購入。omron ME5614D/Eとかいうの。

adobe Photoshop5.5


2001年MURAMASA入手

シャープ・メビウス・ムラマサ。超薄型ノートパソコン。

DoCoMo P-In Conp@ct

なんだか沢山ソフトを買っている。


2002年Octo組上

DDI Pocket AirH"購入、P-In Conp@ct解約

Octo組み上げ。筐体はShuttle SS51G X PCとかいうやつです。キューブ型でちっちゃくてかわいい感じ。 CPUのところにヒートパイプなんてものがついていて、熱を逃がす仕組みのようです。 CPUはPentium4 2GHz。400MHz系のシステムバス周波数です。533MHz系も動作するマザーボードのようですが、 だからといって2.8GHzにするのは怖いです。ヒートパイプがどの程度効くのかわからないし。 メモリはPC266っていうのでいいのかな。それの512MBが二つ。 333とかいうのまでいけるらしいのですがこれも安全策を採って。 AGPはELSA WINNER 4 200NVS。いずれディスプレイ二つにします。 ハードディスクは適当に60GB。液体軸受け。 OSはWindows XP Pro。CDドライブが要りますね、これはリコーのMP5125A。 DVD+RW/+Rとかかいてあります。

ソフト。


2002年March手放す&タブレット導入

Marchの残骸で手元に残したのはハードディスクとキーボードとマウスとディスプレイ。

WACOM Cintiq 15導入。TFT液晶付きペンタブレット。 これでめでたくディスプレイ二つの環境になった。


2003年ソフト増強


2003年タブレットPC

NEC LaVieG Type TB。キーボードのついていない、タブレットPC。購入直後に交換したりとか有ったな。

こいつのためにだけMicrosoft Office XP Personal購入。


2004年


2005年

九月頃、Octo(2002年作成)がぐずり始めました。


2006年

2006年 Octo死亡して本体買い換え。Satsuki組み立て。

グラフィックとCPUは進化していませんが。他、ハード周りが結構変わっています。


2007〜9年

年単位で書き忘れていました。

2010〜2011年

年単位で書き忘れていました。

2012年

2013年

e-mail 惟栂舞ありか(arika@awa.or.jp)