ひとりごと:アーカイブ

扉の外

「扉の外」土橋真二郎 著 メディアワークス 電撃文庫。

高校生の主人公が目を覚ましたところは密室で、クラス全員が同じところに閉じこめられています。「ソフィア」と名乗る存在が、その場所におけるルールを告げます。安穏とした生活と、にわかに帯びる危機感。クラスの中の立ち位置描写と、他勢力の存在。パワーゲームの始まりの描き方と、強者・無知の傲慢。実際には武器がなく、ひどい暴力沙汰も起きないのですけれど、画面上のマップが勢力状態を示します。現実感が湧くレベルで世界をほどよく縮小、スケールダウンしています(「戦闘の悲惨な映像」を実際に見せつけられても現実感がないことの裏返しであり、ちょっと怖い状態かもしれません)。私のような単純な人間にも理解できて、楽しめます。主人公は最終的にゲームからの脱落、追放と解放のように描かれています。このラストには違和感を覚えましたが、それは「考えさせられる」ということで、プラスの違和感です。

オンライン書店ビーケーワン:扉の外→BK1
土橋真二郎 著/出版:メディアワークス

そんなわけで読後に考えてみました。

既存のルールというものは厳然として存在していて、実際には逃れ得ないものです。既存の律に縛られないようにするなら、同志を募り既存の律に対して変化を促すほかなく、それは結局のところパワーゲーム。

少なくとも争いをなくしていきたいなら、とにかく相手を知ること、交流すること、争いが考えられない状態に持って行くことが必要なんだろうと思います。パワーゲームの質を、武力から話し合いへ。けれども自分の意見を叫ぶだけでは、同志を集めるにはちょっと弱いです。

はじめに「争いが考えられない状態」に持って行くためにも、細工やルールが必要なのでしょうね。「争いが考えられない状態」という言葉で思い浮かぶのはECSC(ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体。ECの前身?)。(ECSC、ちょっと調べてみました。1951年4月18日パリ条約により設立だそうです。ECの前身で、後にEUに含まれます)。

(書いている途中で保存してしまいました。保存だけならローカルなのですけれど「サーバーへ反映」も同時に行っていました。以下追記編集)

世界のレベルで書くと、私の貧弱な頭では想像が追いつきません。縮小、スケールダウン!・・・。ブレーンストーミングあたりかなぁ・・。とりあえず「否定しない」ことから始めましょうか。駄目か(ぉぃ)。

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このページは、惟栂舞ありかが2007年2月21日 23:00に書いたブログ記事です。

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